いちいち面倒なことを考えるモンシロチョウ











 うまいうまいと言いながらコプチェフはメシを喰う。食うではなく、喰う。見境なくフォークを突き刺し、取れる限りの獲物を捕まえたらそれをすかさず口に突っ込んで、本当にうまいって思ってんのかという勢いでぐしゃぐしゃと咀嚼し、喉が詰まるどころか裂けるんじゃないかってほどの量を一気に飲み込む。
 食うではなく喰うのだ。
 俺の目からそれは、『食事』ではなく『腹を満たすための行為』にしか見えない。うまいうまいって、本当にうまいと思ってんのか? なんて、要りもしない心配なのだろうが。
 俺は自分の分の皿から大してうまくもない食事を早くも遅くもないスピードで調度いい量を口に運び、味わいもしないが喉に詰まらない程度に噛み砕いて飲み込んだ。ああ、うまくもまずくもない。特にコメントは無いから何も口に出さない。
 妙な奴だ、と思った。
 俺は、自分自身、ある種の変人として周囲に認識されている自覚がある。しかしこいつはそういう類の変人ではなく、普通だけれど妙だ。自分でも変なことを言っているのはわかっているが、そうなのだ。
 旨そうに飯を食べるのは悪いことではなく、食堂のおばちゃんにしてみたらかわいい客には違いない。極端ではあるが、変と言い切れるようなことではない。
 けれど、それは俺にとっては“妙”でしかないのだった。
 俺は、割と自分自身の『勘』ってやつを信じている。とみに他人の恋愛事情に関しては射撃のごとく百発百中だが(気持ち悪いことを言っている自覚はあるが事実なのだから仕方が無い)、それ以外のことに関してもかなり勘のいい方じゃないかと自負している。
 その俺が妙と感じるのだから、コプチェフはきっと、いや、やはり、『妙な奴』なのだ。

 勘と言えば。
 突然だが、俺は、この出来たばかりの相棒が自分に惚れていることに気付いている。恋愛事情に関しての勘うんぬんのためだ。繰り返すが、気持ち悪い話だが事実なのだから仕方が無い。勘、テレパス、第6感、何と言おうがどうでもいいが、これを事実と認めてもらわねば話は進まない。
 その俺の第6感とやらが告げるに、この相棒、なんとこのご時世にあってゲイだ。
 まあ、こんな妙に勘が働く割に、そういうことについて俺は面倒さから「ああそう」と言って済ますことが常なのだが、勿論、そのホモが自分に惚れているとなれば話は別だ。
 話は別、のはずなのだが。
 結局、出会って数時間も経たないうちに自分に惚れた相棒に、それに気付きながらも俺は別に何を言うでもなく、何をするでもなく、何を意識するでもなく、「ああそう」とすら言わずに、今に至っているのである。
(そうだな……)
 グラスに注がれた水を少しづつ口に含みながら、俺はそんな現状を例えるならばどんなふうだろうか、と思いをめぐらせた。舌が少しづつ冷える、俺の舌なのにまるで他人事だ。

 例えるなら、昨日部屋で見た蜘蛛。
 俺は虫の類が好きではない。足が何本もあるのが不快なのだ。当然足が8本ある蜘蛛などよっぽど不快なのだが、昨日部屋の壁を這っていた蜘蛛を見つけて、俺は別に何をするでもなく、当然男が1人部屋で虫一匹に慄くなんてこともなく、内心確かに不快ではあったのだが、ちらりと見ただけで目を反らし、そのまま灯りを消して就寝した。
 あの蜘蛛が、もしこちらに向かって飛んできたら、白いネバネバした糸を吐き出してきたら、俺だってそれなりの抵抗をして小さな虫けらひとつ不快ながらも叩き潰したろうが、しかし俺はそれを無視したのだ。何か慈悲めいた意図があったわけではない。恐れたわけでもない。殺しておかなかった蜘蛛とはこれからも同居を続けることとなるのだろうが、それでも俺は蜘蛛の存在を黙殺したのだ。
 それと似ている。
 コプチェフは俺と組んで1日目の勤務を恙無くこなし、3日後にはそのドライビングテクニックでマフィアの下っ端を追い詰めてさえみせた。1週間後、2週間後、俺とコプチェフはと『相棒』としてまっとうな関係を育み、今ではこうして仕事のあと食堂で飯を食う仲だ。
 要するに俺の妙な“勘”さえ無ければ、俺たちコンビはこうして至極健全な相棒関係を表向き裏向きともに続けていたに違いないのだ。
 俺が今日家に帰って玄関脇の壁を見ても恐らく蜘蛛はいない。しかし、家の中のどこかにはいる。しかし俺は蜘蛛のことなんてさっぱり忘れて制服をクローゼットに放り込み、ベッドに転がり込む。

(それって残酷じゃねえ?)
 心のどこかでちくりと誰かが囁いた。誰かって、俺なのだが。
 まあ、残酷だろうさ。しかし、例えば無理矢理こんなふうにする必要があるのか?
『やあコプチェフきみってホモなんだよな知ってるよところで俺のこと好きなんだって? 俺はそういう趣味ないからさっさと諦めるのが吉だぜ、さあ今日も元気にパトロールだ』
 無い。無いのだ。
(嘘付け、言ったくせに)
 ああなんなんだ、俺は俺のくせに俺に妙に突っかかるな。
(最初っから全部無視しとくべきだったんだ、でも言ったろ、「お前ホモだろ」って? 良い子ぶって同性愛者の変態くんに説教でもかますつもりだったか? まさか。じゃあ“それ”に気付いたっていつも通り放っておくべきだったんだ、「ああそう」ってな)
 ――そうか。
 つまり、俺に突っかかる妙な俺、俺はそれを後悔してるってことでいいんだな? ああそうだ。後悔している。だって思わず口から飛び出したあの気まぐれが、蜘蛛の糸の正体だって俺は知っているからだ。
(お前、予想してたか?)
 まさか。
(期待してたとしたら、俺もホモだぞ)
 俺はそんなに利口じゃないさ。
(気付いてるだろ? 俺の気まぐれが、あの可哀想な同性愛者くんのハートに火をつけちまった!)
 ああそうだ、確かにそうだ、否定はしない。だって俺のそういうことに関しての勘は、KGBのスーパースパイも驚きの百発百中だ。
(ずいぶん冷静だな?)
 俺はそういう奴なんだ。
(でもこうして俺は俺に問いかけている、長ったらしく、面倒な質問ばかり)
 自覚しているなら黙るべきだろうな。
(そうだその通りだ、俺は俺なんだから俺がさっさと黙れよな)
 嗚呼、

 俺はグラスの水を一気に飲み干した。
 急なことだったから驚いた俺の喉は僅かにミスを犯し、俺はひどく咳き込むこととなった。
 コプチェフは、相変わらず平凡なメニュー平凡な味付けの料理を喰いながらうまいうまいと唸っていた。

「なあお前、いっつも『うまいうまい』って喰うんだな。なんかそれ、変わってる」
(やあ俺、自問自答の甲斐もなくまた“気まぐれ”か?)
「そうすか?」
 コプチェフは特大の塊を飲み込んだのち随分久しぶりにフォークを握った手を止め、きょとんとした目で俺を見上げた。これは恐らく俺の2度目の失敗になるであろうと、俺は確信していた。
(あぁ、だから言ったろ、気まぐれは良くないって)
「や、実際大してうまくないんすけど、うまいうまいってとりあえず言っとけば多少はうまくなるかと思って」
「なんだそれ、おまじないかよ」
「おまじないって、まあ、確かにそんなもんかも。ああ、うまい」
 俺、これ多分、蜘蛛を威嚇している。
「ああ、おまじないだ。姿を隠すおまじないだ。でも残念だが今、おまじないが解けちまったな」
「……先輩、」
 蜘蛛がにやりと笑った。俺はまた、気まぐれで巣に飛び込んでしまったらしい。
(そのわけは?)
 それがわからなくて、困っている。




















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うわあああどう考えてもこれだけじゃわけのわからん話じゃまいか!
ただでさえ、私の脳内の民警はわけのわからん愛憎模様を繰り広げているのです。
ということでできるだけ早めにセットの03話をアップしたい。と思う。
更新履歴の空白期間にブルブルして思わずアップしてしまいました。
あー続き早く書かねば。



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