見せて










 自分の部屋にも関わらず、押し込められるようにして中に入った。犯人の男は、その緩い垂れ目の奥にギラギラとした光をうっすらと見せている。
 違う、と思った。今からすることがただのセックスでないことをボリスは予感していたのだ。

 口腔、歯茎、歯列――それら全てを、調べつくすかのようにコプチェフの舌がなぞっていく。いや、なぞるなんて生易しいものではなく、まるで抉り取るかのようだ。舌に至っては蛇のように絡まり、時々歯で甘く噛み付く。
 喰われている。
 『先輩の中身』――そう、コプチェフは本気でそう言っていたのだ。多分、言葉の通りに、全部を奪い取られる。そして全部を叩き込まれるに違いないのだ。
 喰うような口付けが既にそれを証明している。そして、自分がもう逃れられないことも、証明している。

 コプチェフがようやく口を離したときには、背筋のざわつきがどうしようもなくなっていた。しかしボリスは、既にもう8割はそのざわつきに身を委ねている。
「……風呂入るか?」
「この部屋、先輩のにおいがするね」
 聞いてねえ。
「ん、入ってくる……一緒に入る?」
「なんだ聞こえてたのか」
 今度はボリスがコプチェフの台詞後半を無視する番だった。バスルームの入り口に備えられたカゴからバスタオルを引っ張り出し、コプチェフに投げつける。
 あの傍若無人さから考えると、意外なほど大人しくバスルームに引っ込んだのを見送っていると、ちらりとボリスを振り向いた視線がほんの少し不安そうな色を湛えていた。
 スプリングの腐ったようなベッドに飛び乗ってその真意について考える。
(……なんだ、かわいいじゃねーか)
 そう思った自分が信じられず、ボリスは枕に顔を埋めた。息が苦しくなってすぐに顔を上げた。

*

 ――暫く、昔のことを思い出していた。本当に昔の話だ。遠い昔の。
 実を言うと、コプチェフのせいだ。
『好き、愛してるよボリス。かわいいね……いつまでも一緒にいよう』
 そう言っていた奴は、情夫と共にダイナマイトで自爆して死んだ、心中だ。
 そのことが問題なんじゃない。重要なのは――それを思い出しても、何も感じないことだ。
(男に突っ込まんのは……何年ぶりだ?)

 そうやって、ボリスは暫くぼうっとふるさとの港町のことを考えていた。すえた煙のにおい、昼なお暗い裏の路地、汗と垢にまみれた強制労働者たち、それに作りかけの大きな港、そこに上がった爆炎――
 しかしそのときドアが開く音がして、なんとかボリスは意識を現実に戻すことができた。
 そこには、風呂上り感丸出しのコプチェフ。頭にバスタオルを被り、制服のズボンだけを引っ掛けるように履いていて、ここから見る限りではノーパンだ。風呂上がりのスタイルに何かこだわりでもあるのだろうか。しかし確かに、よく考えてみればタオルを腰に巻いた男に尻を掘られると考えると全ての気持ちが萎える。

「髪、ちゃんと拭けよ。……俺も風呂入ってくる」
 逃げてしまおうか、という思考は、部屋に入ってから幾度ともなくボリスの脳裏に浮かんでいる。しかしその度にシャボン玉のごとくぱちんと消えてもいる。
 ――罠からは逃れられないのだ。
「先輩、」
 逃げる隙など元から無いとばかりに、倒れこむようにしてボリスよりも一回り大きい身体が覆いかぶさってきた。もうほとんど効かないスプリングが、それでもぎしりと2人分の体重に見合った音を立てる。
 重みと、熱と、僅かな湿り気が、服越しにボリスに伝わってくる。
 服を着ていて良かった、とボリスは思った。これが肌と肌ならば、その熱にほだされてしまっていたかもしれない――そう考えていた時点で、恐らくボリスは負けている。
「なんか……油とか、クリームとか、ある」
 ボリスは親指でベッド脇の棚を指した。まだ半分は残っていた潤滑油がそこに入っているはずだった。無論、自分の尻に塗られると思って買ったものではなかったが。

「……」
「……なんだよ」
「いや、意外と……物怖じしないっていうか」
「お前、今更それを言うのか」
「……ごめん」
 ごめんと言いながらも、既にコプチェフの左手はボリスのシャツを捲くり、右手は乳首の突起をゆるゆると撫でていた。それと同時に、再び唇を重ねられる。さっきほどではないが、穏やかになった分ねちっこい。
「先輩、顔がエロい……」
「いらんこと言ってんじゃねえ」
 ふいに苛立ちに襲われて、ボリスはコプチェフの、ズボンだけが被さっている股間に手を伸ばした。案の定ズボンの下には何も穿いていない。
「え、マジで。ためらい無いね」
「黙ってろよ」
「ていうか、ホモじゃないっつってたよね? まさかね?」
「……実家が売春宿なんだよ」
 チ、と舌を打って、言い訳にもならない言い訳を吐くとボリスは一気にコプチェフのズボンを下ろした。
「既に勃ってんじゃねえよ、ホモ」
「……先輩、足上げて開いて」
 ぐ、とボリスが言葉に詰まる。コプチェフの言葉に、生々しいこと言ってんじゃねえよボケ、と言おうとしたものの、今からその生々しいことをするのだと気付いてすんでのところで口に出すのをやめたのだ。

*

 脱いで、というコプチェフの言葉に従って、ボリスは素直にシャツを首から引っこ抜いた。下半身の方はコプチェフに任せれば良さそうだ。
「……っ」
 ピチャ、と音を立ててコプチェフの舌がボリスの乳首を舐める。撫でるようにして数回往復した後、突付かれ、甘噛みされ……
「クソッ……妙に馴れてる感じがムカつく」
「俺の遍歴、元からわかってるくせに?」
「玄人6人と、それぞれ一回……」
「当たり」
 そのうち2人は口だけだったくせに、と言う暇は与えられなかった。

「ひッ……つめ、た」
「我慢して?」
 コプチェフの指が、潤滑油越しに入り口付近を撫で回していた。冬の空気で冷やされた潤滑油がこそばゆいくらいに冷たい。
「あー。入れていい? ゆび」
「うる、せッ……」
「ちゃんと1本づつにするからね」
 お前の台詞は、いちいち変態くせえんだよッ……そう言い終わらないうちに、ボリスは言葉を切らざるを得なかった。
「我慢してね」
 ペロ、と、胸を舐めていた舌がそのままズルズルと昇って唇を、鼻を、瞼を舐める。実は、鼻の筋を触られると、ゾクゾクする。
「ほら、1本入っちゃったよ」
「お前、ホモの上に……ホンッと、変態、だ、」
「だって、言ったじゃん」
 『俺の中身も、全部先輩に見せてあげる』って――。
 グリ、と中で指が回され、指の腹が中を探るように、擦るように蠢く。肉を掻き分けるように指が進むせいで、中途半端に排泄をしているような、だるい気持ち悪さが腰のあたりに広がる。

「ね、先輩。ちゃんと俺に惚れてね」
 なに言ってんだ、と言おうとしたボリスの言葉は、しかし言葉にならなかった。多分、コプチェフの指が前立腺を擦ったのだ。
「ちょ、そこっ……ずら、せ」
「気持ちいいのにずらしちゃうの?」
「ちがっ、ああァ」
 グチ、と2本目。ヌルヌル滑るから裂ける痛みは無いが、やはり排泄感が気持ち悪すぎる。しかしそれでも、既にボリスの中では、その気持ち悪さを快感が上回りそうになっていた。
 コプチェフの指は、関節がゴツゴツと隆起している。それが入り口に引っかかってヤバい。
「ビクビクしてんだけど、気持ちいいの?」
「うるッせェんだよ、このッ……」
「ていうかもしかして、初めてじゃ、ない?」
 鎖骨と肩を齧りながらコプチェフが上目遣いにボリスの目を見た。どんな嘘も見抜いてやろうという、突き刺すような、それでいて柔らかな視線だ。
「ッ、いいから、はやく、入れろっ!」
(……見抜かれて、しまう?)

*

 沈み込むようにして入ってきたそれは、すっかり忘れて狭まっていた肉を掻き分けるように、押し開くようにして進んだ。チリチリとした痛みは、どこか切れたのかもしれない――掠れていく理性を繋ぎとめるかのように、ボリスは今現在の状況を言葉にした。
(ヤッバ、い……)
 こわいもの見たさに覗いてみれば、オレンジ色のコンドーム(わが国が誇る、通称指サック)がやはりボリスに突き刺さっていて、しかもまだ、見たところ半分は残している。
「ううッ……」
 じわり、と、ボリスの目の端から零れ落ちた涙を、コプチェフが舌が拭った。舐め癖があるのかもしれない。
 ボリスは、驚いてその顔を見上げた。しかもなんだか、穏やかな笑みなんて浮かべているじゃないか、畜生。ボリスは内心で悪態を吐くが、言葉に出せないのが余計に屈辱だった。
「辛い?」
「んんぅっ……」
「ダメ、ちゃんと顔見せて、先輩」
 ボリスは腕で顔を隠そうとするのだが、そっと、しかし抗し難い力で除けられる。
「見、るなァ……!」
「見るよ。ちゃんと見てあげるから、先輩もちゃんと見せて」
 ぅぐ、とボリスは言葉に詰まった。コンドーム越しの亀頭がぐり、と前立腺に触れたのもあるけれど、多分言い返す言葉が無かったところが大きい。
「……ねえ、今の良かったでしょ。先走りが、タラッ、て出てきたよ?」
 コプチェフの指が、先端を拭うように撫でる。というか、漏れ出たそれをやはり拭ったのだろう。
「なーんか、いろいろ隠してるくさいけど……」
 ぬるりとしたものを付けたままのコプチェフの指が、ボリスの腹、鳩尾、胸、鎖骨――順々に撫でていく。その滑る感触に自分が快感を得た事実を突きつけられているようで、ボリスはコプチェフに括られた足がぞくりと粟立つのを感じた。
「全部、見抜いてやる」
 そんな簡単に見せるかよ、とボリスは心の中で呟いた……が、それだってなけなしの余裕だ。その直後にはコプチェフが無理矢理進み込んできて、思わず悲鳴を上げる。
「う、ああ、あッ、んんんッ!」
 実のところ、冷静さなんてとっくに残っていないのかもしれなかった。
 熱く擦れているような内壁がコプチェフのモノの質量を感じ、ボリスの頭へとダイレクトに伝えてくる。それが、ボリスの中をぎゅうぎゅうに満たしていく。
 それは多分、とっくに落ちているということなのだが、ボリスは気付かない。いや、気付いていないふりをしているだけか?

「ほら、力抜いて?」
 うう、えええ、と自分の口から情けない声が漏れているのをボリスの耳は聞いているのだけれど、それをどうすることもできない。
 そ、とコプチェフの右手5本の指先がそこら中を撫ぜていく。しかし無差別ではなく、どうやら骨を辿っているようだった。グリ、と硬いところを時々抉るようにするのだ。
 別に骨フェチというわけではないのだが、そう執拗にされてはボリスもなんだか骨が一種の性感帯のような心地がしてくる。
「鎖骨、や、めろ」
「じゃあ噛んでいい?」
 さっきも噛んでいたくせに、コプチェフはボリスの返事など聞かずにまた肩に歯を立て始めた。噛み癖もあるのか。しかし、今度は肉の柔らかい部分まで噛む。どちらかと言うと、ボリスはそっちの方がヤバかった。
「……ッ」
 多分、それでボリスの中が緩んだのだろう。
 ここぞとばかりに、コプチェフが動き出す。とは言え、腐ったスプリングに任せて、抜き差しはしないで揺するだけ。
 それでも、元から当たっているのが擦れて、もはやボリスにしてみればゾクゾクどころではない。
「ああッ、あ、あ、あー……っ……!」
 コプチェフはまだゆっくり動いているから、それに合わせてボリスの声もなんだか間延びする。それがボリスにしてみれば気まずいことだった。
「も、いい、からッ……遠慮、しないで、動けっ!」
「え、いいの」
 額に掛かった前髪を避けながら、意外そうにコプチェフが聞き返してきた。
(なんでそんなに余裕なんだよ……!)
 返事の代わりに、ボリスは腕と足とをコプチェフに絡めた。
 痛みなんて、もうとっくに甘い痺れに変わってしまっている。無論、ボリス自身は決して認めないが。
 少々驚いた顔をしていたコプチェフだったが、また何か察したのだろう。ニヤリ、と食えない笑みを浮かべて、ボリスの“お願い”に従った。

 それからはもう、あっという間というか、全部持っていかれたせいでボリスには記憶などほとんどない。
「先輩ん中、すっげえイイよ……ほら、だからもうイって、ね?」
 耳元でそんなことを囁きながら、コプチェフはボリスのゴシゴシと前を擦る。そんなことをされたら、元からやばかったのに、もう限界だった。

「ちょッ、まだ、あッ。んんっ……ひっ……」
(あァ、明日の朝はどんな顔をすればいいのか……)
 達する瞬間に考えるにしては突拍子もないが、ボリスにしてみれば重大極まりないことだった。




















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長い・タルい・萌えない まさに誰得!
すいません馴れないエロで照れまくりです……
うちの民警はただれているという基本設定があるので、
これを書かなきゃ前に進めなかったというか……
それにしても恥ずかしすぎる
空知先生が「照れてガッチャマン歌う方が余計恥ずかしい」
って言ってたから全力で書いたけど普通に恥ずかしいよ……



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