「……おい」
月も、そろそろ傾き始めている。影は長い。髪は赤く、肌は白い。
のっそりと現れたミカエル・キレネンコを、プーチンも鴨川も、ついぼんやりと見つめた。
「ほら、これやるから」
そう言って、ミカエルは白い小さな四角を突き出したのだ。
「なんだ……! ほんとは覚えてたんじゃないですかあ……!」
ふわあ、と、本当にそんなふうにプーチンの目から涙が溢れた。青白い月にきらりとしたそれにミカエルの心臓はことりと高鳴ったが、あいにく鈍い彼は自身のそんな変化に気付くことはなかったようだ。
「てめえ、ボスに手間かけさせやがって!」
ごつん、と、鴨川が柵の外に立っていたプーチンに拳骨を落とした。
「あっ」
「あっ」
「……」
ひゅる、と、内蔵が浮かぶような心地がしたらしい。
「わああああああ!!!!」
つるり、と滑ったプーチンの小さな手と、それを掴もうとして空を切った鴨川の骨っぽい手と、そして、
――風のごとく、吹き抜けた影。
そのとき、月は雲に覆われ、僅かにその光を漏らすのみであった。
*
「……?」
恐る恐る目を開けたプーチンは、まず自分の四股が無事にくっ付いていることに非常に純粋な驚きを覚えた。なんたって、脳みそが頭骨を突き出て宙に浮くんじゃないかという勢いで屋上から落下したのだ。
そして、次に彼を襲ったのは、「なぜ生きているのか?」そして、「なぜ痛みがないのか?」という疑問だった。
その一瞬後に彼は「あ、実は死んでるのかな」というお粗末な仮説を立てたが、それは自分の体が何か、硬いけれど温かいものに包まれていることに気付いてすぐさま否定された。
「キ、キレネンコ、くん……?」
曇った月を背にしてその表情は見えない。聞こえるのは、虫の音と、それよりも微かな2人の呼吸の音、――それに、早く打つ心臓の鼓動。
(……真っ黒だ)
この場には全然見当違いなことを、プーチンはふと思った。確かに、月を背にしたキレネンコの表情は影になり、一向に伺えなかったのだ。
しかしそれを、まるで『天使さまだ』と思ってしまったのは何故なのだろう。ビジュアル的には完全に悪魔の方なのに。
そっと、まるで柔らかなマシュマロを扱うかのように、ミカエルはプーチンの身体を地面に下ろした。
「……これ」
「え、」
「これ、お前が集めなきゃなんないんだろ」
そう言って、ミカエルは右手に摘んだままだった白い袋を突き出した。
「……はい」
「じゃあ、早く行け」
「……はい」
落下した衝撃? 恐怖? 動揺? 震える手でプーチンは右手を差し出し、その小さな袋を受け取った。
そして、くるりと振り向くと、一目散に保健室へと向かって走っていったのだ。
彼は、決して振り向かなかった。ミカエルも、決して呼び止めなかった。
「ボスぅぅ!」
直後、月が再び顔を出したころ。血相を変えて飛んできた鴨川が見たのは、ひとり地面から両足をすっぽ抜くミカエルの姿だった。
「あれ? ヤツはどうしたんすか?」
「ああ……」
きょろきょろとプーチンの姿を探す鴨川をよそに、ミカエルは雲から顔を出した月を見つめた。鋭く尖った、冷え切るような銀色の月だ。
「……飛んでった」
「へ?」
「疲れたから、もう寝るわ」
え、え? と困惑する鴨川を他所に、ミカエルはさっさと部屋に戻って寝ることを決心した。どうかしている。
――こんなに、心がざわざわとする。
銀色三日月の夜には悪魔が出ると、母親が布団の横で話してくれたことをミカエルは思い出していた。
(……あれは、悪魔だったのか?)
ビジュアルは、完全に天使なのに(だって天使の涙は朝露よりも綺麗に輝くと、これもまた彼の母親が言っていたのだ)。
「しかしさすがボス、胃腸と括約筋も最強だぜ……ボスぅ、またブラウニー焼いていきますねぇー!」
とりあえず、鴨川は白い袋の中身が彼が焼いたブラウニーとは知らない。
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うんこネタ大好きな小学生ですいません
とりあえず、保健委員なプーチンを書きたかったのです……
そしたら、もう検便しかイメージできなくなっちゃったんです……
たぶん、某落乱の影響だと思う。
あと、タイトルが某映画と被ったのは偶然です。
ボスはキューティクルも最強です。
拍手にささやかなオマケ上げときます。
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